気まぐれ日記 2016年7月

2016年6月ここ

7月1日(金)「シャトルバス予約事件・・・の風さん」
 10月末にディズニーシーへ行く予定にしていて、今日から無料のシャトルバスの予約開始だった。午前零時になったら即ネットで予約を、と思っていたのだが、昨日は朝からすっかり忘れていた。おまけに、昨夜も疲労のため、午前零時にはもう就寝していた。
 今朝7時に目が覚めると同時に思い出し、急いで予約サイトへアクセスを試みると、なんと「予約できません」のメッセージ。ああ、もう満席になってしまったのか〜、と激しく落ち込んだ。
 今日は総合病院へ行く日だったので、キャメロンで出発。有料道路を使って予定通り9時に着いた。すぐに採血場へ向かった。11時に診察時には結果が出ているはずだ。それまでに、コンビニでコーヒーを飲み、あとは待合室で電子書籍を読んだ。
 処方されている飲み薬が肝機能へ悪影響を及ぼす恐れがあるため、そのチェックをするための事前採血だったが、結果はまったく問題なかった。次回はまた1ヶ月後。こういったことが1年近く続く見込みだ。やれやれ。
 帰宅して、昼食後、例によって疲れて昼寝してしまった。
 夕方のコーヒータイムのときに、シャトルバスの予約ができなかった話をしながら、iPadminiで予約不可の画面を見せようとしたら、なんと空席があった。キャンセルが出たわけではなく、予約可能になったのは、午前零時からでなく、たとえば午前8時くらいからだったのかもしれない。
 ま、とにかく予約できて、一件落着。
 夕食後は、明日の講演の最後の準備をした。スライドを大幅に減らして、昨年のテレビ出演の録画をところどころ見せようというのが、今回の工夫だ。

7月2日(土)「今年前半最後の講演が終了・・・の風さん」
 講演は午後2時からだったが、知人と昼食を一緒に摂る約束をしていたので、早めに家を出た。
 目的地は一宮市なので、キャメロンで行くのが便利である。
 ほとんど有料道路と高速道路を、超ゆっくり走って、それでもかなり早く着いた。
 講演会場は一宮駅前のi−ビルである。なかなか面白い構造のビルで、横から吹き抜けになっている3階に支援センター会議室があった。
 事務局の人を含めて3人で、徒歩で近くのレストランへ向かった。お洒落な店だったが、味もなかなかのものだった。自宅にいると午後にはエネルギー切れになってしまうが、今日は大丈夫そうだ。
 1時間近くかけて入念に会場作りをし、用意は完璧に整った。
 知人の事前PRのお蔭で、続々と聴講者が訪れ、会場は60人近くの人たちでほぼ満席となった。
 事務局からあまり数学の話をしないようという難しい注文を受けていたが、かなりそれを意識したスライド構成にした。幸い、暑さの中でも頭がボーッとすることもなく、けっこうジョークも受けた。録画の放映と、持参した和算書の閲覧サービスも効果的だったようだ。
 とりあえず持参した拙著が、恐ろしい勢いで売れた。
 これから9月まで講演予定がない。執筆などを進める時期になる。
 急ぐことなく、予定通り午後6時前に帰宅できたが、キャメロンのウィンドウを通して差し込む夕日がかなりきつかった。講演より、この日差しで疲労が増した気がする。
 昨日から帰省している長女を含めて3人で出かけた。これから4月末の再現をするのだ。
 auショップへ直行し、キャッシュバックに関するクレームを長女が代行してくれて、うまい具合にキャッシュバックを手に入れた。
 それから近くのアピタへ行き、次回半額サービスチケットを使って、豪勢にオムレツを食べた(笑)。

7月3日(日)「また疲れてダウン・・・の風さん」
 児童文学の第二稿の提出時期が迫っていた。時間的には楽勝のはずだが、気力・体力不足がいつも足を引っ張っている。
 先ず、朝から執筆に入れなかった。気合を必要としない雑用をしながら、あっという間に午後になってしまい、おまけに書斎でダウンした。
 結局、夕方まで静養した形で、ようやく元気が戻ってきた。
 晩御飯まで少し執筆が進んだが、食事後、長女をワイフのアクアで送ることになってしまった。
 今夜は80分で往復した。
 帰宅してから、執筆を再開したが、午前1時半くらいまでしかやれなかった。
 この続きは明日にしよう。
 それにしてもバングラデシュのテロ事件は、グローバル時代がいかに危険な状態になっているかを再認識させた。グローバル時代でなければ、どの国も地域も、それぞれ特色ある文化や風土、習俗を守りながら続いて行くのだろうが、ボーダレスになると、あらゆる異色、異端、異教が入り込んでくるわけで、ビジネスは、受け入れ準備ができていなくても容赦なく展開されてしまうのだ。そこに、テロという最後の手段が選択される余地が出てくるわけだ。

7月4日(月)「やっとのことで第二稿・・・の風さん」
 いつも通りに起きて、次女を駅まで送り、私の執筆時間になった。
 昼食時間までは、だいたい順調に進んだ。これで昼食後も、執筆をすぐ再開できたなら、今日は楽にゴールにたどり着いたかもしれない。
 ところが、そうは問屋が卸してくれなかった。また疲れて書斎でダウンしてしまったのである。
 ぶっ倒れている間に、雷が鳴った。土砂降りになったらしい。しかし、意識朦朧としていたので、確かな記憶はない。
 夕方、暗くなりかけたころに起き出した。
 それから仕事を再開したのだが、ペースは上がらなかった。まだ十分に疲労がとれていないのだ。
 遅い晩御飯の後、再び書斎にこもったが、いつゴールにたどり着けるのか予想ができなかった。
 午前1時半に、中断して入浴した。
 結局、出版社へデータを送ったのは、午前5時前だった。大人向けの小説に比べて、激しく手こずっている。ボキャブラリーなどを制限されることが、これほどきついとは思ってもみなかった(以前、児童文学を経験しているんですけどねえ)。
 午前5時に、書斎で横になった。ダニの餌食かもしれない。

7月5日(火)「リハビリと屋外作業・・・の風さん」
 8時半にセットした目覚ましに気付かず、9時半起床。
 未明のへろへろのゴールだったので、あまり達成感がない。
 ホットミルクを1杯飲んでリハビリに行った。今日はPTに状況を少し詳しく説明した。自分でも動かすように努力しているのだが、起床したとき、固まっているのを感じる、ということ。後ろへ動かすのが苦手というか、それが最も症状が重いのだ。今日はPTが意図的かもしれないが、その痛い範囲の処方が多かった気がする。また来週だ。やれやれ。
 草刈り用の軍手と腕カバーを買うため、帰りにホームセンターに寄った。どちらもバリエーションが多くて、選択の楽しみがあった。
 ついでに老眼鏡を買った。自宅専用で、十年以上使っていたのが一度つるが折れ、瞬間接着剤で修理してまた折れたので、とうとう諦めて買い替えることにしていた。どこで買うかでちょっと迷っていたが、一つの条件は、これまで使用していたスティール製のメガネケースに収納できること、である。つまり、かなりコンパクトなメガネでなければならなかった。それがあったのである。
 老眼鏡は、その後、シニアグラスなどというお洒落な名称に変わったが、ホームセンターではリーディンググラスつまり読書用メガネとまた名称が変わっていた。ビジネスのテクニックには感心することが多い。
 卵かけご飯で昼食にした後、たらたらと雑用を処理し、4時から久しぶりの屋外作業に出動した。
 曇り空の下、約1時間がんばった。ひんやり感のある腕カバーの効果は抜群だった。
 次女が外食して帰るという連絡があったので、今年初めて、駅近くの中華料理店に行った。正確には台湾料理かな。アクアをとめて、入口へ向かうと、大きな黒ゴキがコンクリートの上を歩いていた。どこへ行こうとしているのだろう。めざわりなヤツだ。
 夕食後、書斎にこもったが、疲れが出てもう仕事はできなかった。執筆マシンでアニメと洋画を観て、今夜は閉店。

7月6日(水)「次の児童文学に着手・・・の風さん」
 次の児童文学の執筆を始めなければならない。雑用を先にやってしまうと、疲れて、何もできなくなるので、朝から取り組んだ。だいたいのストーリーは作ってあるが、執筆モードにするため、雰囲気を盛り上げる必要がある。小説の最初の舞台になる可能性が高い武家屋敷や、近所の橋の位置を確認するため、けっこう時間がかかった。
 午後4時から予定通り、草刈りに取り組んだ。昨日よりも日差しが強く、前進汗びっしょりである。
 夜は、明日の講義の準備などをした。
 明後日、裏の土地の草刈りにシルバーさんが来てくれることになったので、防草シート周りの草刈りは私がやっておかなければならない(シルバーさんは超几帳面な方なので、防草シート周りの草刈りをお願いするのは気が引ける)。明日、午前中に残りをやることにした。そうなると3日連続の草刈りになる。これまで6日ぐらいかけてやってきた量を3日でやってしまうので、肉体的にはかなりきつい。

7月7日(木)「アクティブな1日・・・の風さん」
 朝食後、草刈りに出動した。空は雲一つない青空である。以前にもやった法面の防草シート周りで、そのときは2日がかりだった。今日は休み休みの1時間半でこなした。
 終わってすぐシャワーを浴びた。かなりの量の汗をかいたので、水分補給を心がけた。
 残っていたチャーハンで昼食を済ませ、キャメロンで出発した。いつものコースで、本山キャンパスへ。
 配布資料のコピーをした後、熱いコーヒーを淹れて飲んだ。
 今日も講義が最後までこなせなかった。しかし、まあ、こんなもんだろう。
 講義が終わった後、今度は熱い紅茶を淹れて飲んだ。これで水分補給はバッチリ。
 帰りに名駅周辺で買い物をした。知人がデザインした扇子を探したが、デパート2軒になく、東急ハンズでやっと見つけた。しかし、狙っていたデザインはなかった。最後の1個とのことだったので、購入した。
 さらに、先週目をつけておいた小型のキャリーバッグを購入した。
 午後7時に帰宅したが、完全にエネルギー切れで、夕食後は、あまり仕事をせず、さっさと入浴して就寝モードに突入した。
 購入した扇子はワイフへのプレゼントで、(想定していたデザインではなかったが)期待以上に喜ばれた。

7月8日(金)「感謝感謝の日・・・の風さん」
 早朝からシルバーさんが草刈りに来てくれた。昨日、無理して草刈りをやっておいてよかった。やはり予想通り、いつもより早めに来て、私が自分で刈ると宣言した防草シート周りを手で刈ろうと、早めに来てくれたのだ。いくら料金を支払っているとはいえ、わたしより年長のシルバーさんに、そんな厄介な仕事は頼めない。
 それでも、夕方、仕事が終わったころに見てみると、防草シートの周りも恐るべき丁寧さで草が消滅していた。
 元の職場からメールがあり、昨年11月に出版した『トコトンやさしいコンカレント・エンジニアリングの本』をテキストに使用するので、まとめて発注したいという、とてもありがたく、嬉しい申し出だった。早速出版社の編集者に相談したところ、自分へメールしてほしいとのことだったので、その旨、伝えた。既に定時後だったので、処置は来週になるだろうが、感謝感謝である。
 知人から待望の新刊が届いた。嘉数次人著『天文学者たちの江戸時代』(ちくま新書)である。最新の研究成果が興味深く盛り込まれているのは間違いないので、首を長くして待っていた。できれば今年初めの国立科学博物館での展示会に出版されていたらよかったのに、と思うが、展示会の1年前に出た拙著『星に惹かれた男たち』でも、大量には売れなかったので、なかなか難しい時代である。
 シャワーを浴び、夕食を摂ってから、電車で出発した。
 夜行バスで上京し、明日は、千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館で講演を聴講するのである。
 久々の強行軍。若かりし日の再現だが、どうなることやら。

7月9日(土)「とんぼ返りの東京雨男・・・の風さん」
 昨夜10時半に名鉄BCを出発したので、中央道が空いていたこともあり、5時過ぎに新宿バスターミナルに到着した。東京雨男の本領発揮で、早くも雨が降っていた。
 かつてこの周辺にはバスターミナルが点在していたが、一ヶ所に集約すると同時に、システマチックなバスターミナルに変貌していた。小さな空港のロビーみたいだ。
 ただ残念なことに長時間オープンしているコンビニやファーストフードの店がないので、軽食がとれない。
 今朝もさんざん周囲をうろついたあげく、7時からオープンしたベーカリー風ショップでやっと朝食にありついた。次回、同じパターンで来るときは、朝食を仕入れてから乗車する必要があるな。
 8時に新宿駅で編集者と合流し、京成佐倉駅まで児童文学第二稿の打ち合わせをした。
 京成佐倉駅で知人と合流して3人になった。バスが遅れていて来ないので、徒歩で国立歴史民俗博物館へ向かった。
 先ず、近世の展示ゾーンにある寺子屋へ直行した。そこで、和算とくに算木・算盤のことについて相談をした。ボランティアの方たちが使い方を勉強したいというのである。日本数学協会を紹介する約束をした。
 少し展示を見学してから、館内レストランでランチを摂り、それからお目当ての講演を聴講に行った。書簡から見たシーボルトというテーマで、シーボルトの人間像に迫る内容だと期待していた。実際は、2時間もあったのに、十分話しきれないほどのデータがあるようで、まとまった研究書を読みたいと思った。いずれにせよ、シーボルトの日本に対する愛情が、やはりタキと二人の間にできたイネが最大の理由になっていることを再確認できた。
 その後、編集者は家路についたが、知人と二人で雨の中、博物館の近くにある中流の武家屋敷を3軒見学した。家財道具がほとんどなく、家屋敷の構造程度しか見られなかったのはちょっと残念だった。
 夕方になってもまだ雨はやまず、駅前まで歩いて、居酒屋でのんびり歓談した。
 9時の電車で私は新宿へ向かった。
 バスターミナルは相変わらず、混雑していた。若い人たちが多く、活気があっていい。
 何とかスケジュールをこなしてきたが、とんぼ返りはやはりきついと思い始めていた。

7月10日(日)「休養・・・の風さん」
 7時前に名鉄BCに着いた。往路も復路も首が痛かった。
 早朝に着くと、最寄りの駅へ向かう電車がない。何年たってもこれは変わらない。
 結局、帰宅できたのは8時過ぎだった。シャワーを浴びて、いつも通りにトーストで朝食にしたが、片付けが精一杯で、たまっている雑務の処理には手がつけられなかった。
 昼食も摂らずに昼寝することにした。休養が必要だ。
 夕方、やっと起きたが、まだ元気は十分戻っていない。何年かぶりに選挙に行かなかった。結果はだいたい予想通りになるだろう。マスコミが何と騒ごうと、国民の過半数は常識を持っている。イギリスとは違うと思う。
 夏なので、夕食ではご飯をしっかり食べることにしている。夏バテ対策は、(つい多く摂取してしまう水分に対抗するため)とにかくご飯をしっかり食べることだ。
 夕食後も仕事はほとんどできず、読書程度で、今日は閉店にすることにした。

7月11日(月)「草刈りできず・・・の風さん」
 今月は執筆が集中する。昨日までは疲れてほとんど休養状態だったので、今日から頑張らねばならない。
 先ずは、できるところからだ。
 朝から、今年1月の講演録の校正に取り組んだ。原稿はほぼ完ぺきに仕上げてあったし、講演録なので、厳密な文章より話し言葉が望ましい。だから、多少の問題には目をつぶることができる。
 校正はできたが、昼食後、また疲労が出て、昼寝してしまった。
 今日は、講演録の校正のあと、児童文学の第三稿に着手し、夕方から、家の周りの草刈りをするつもりだったが、昼寝が長引いたので、草刈りは中止した。
 昼寝しても元気が出ない。

7月12日(火)「筋トレできず・・・の風さん」
 朝から児童文学の第三稿に取り組んだ。
 午前中はなんとか集中力を切らさずに、原稿のリファインが進んだ。
 そうこうしている間に、児童文学とほぼ同時期に出す文庫の初校ゲラが届いた。月末までに著者校正をしなければならないのだが、かなりの分量である。そして、ギリギリでも提出すれば完了ではなく、打ち合わせるべき項目が多いので、どこかで上京しなければならないのだ。
 昼食後、昨日と同様にパワー切れとなった。昼寝してしまった。
 今日は、午後も児童文学の第三稿に取り組んで、夕方から久しぶりに筋トレに行くつもりだったが、昼寝が長引いたので、筋トレは中止した。
 夕食後、午前零時まで第三稿に取り組み、出版社にメールで、木曜日の正午までに第三稿を送付すると宣言した。

7月13日(水)「第三稿に専念・・・の風さん」
 午前中、リハビリに行ってきたが、それ以外は第三稿の執筆に専念した。気まぐれ日記も書かずにだから、他の雑務もほとんど中断である。
 リハビリでは、五十肩は相変わらずで、先が見えない状態である。とほほ。
 もう背水の陣なので、昼寝することもなく、午前零時まで頑張った。
 そこでシャワーを浴びてから、明日の非常勤講義の準備を始めた。
 しかし、疲労が蓄積していて、知的な準備はできず、ほとんど機械的な作業だけになった。知的な作業は、明日の行きの電車の中ですることにして、今日は午前2時で閉店。

7月13日(水)「セミも飛び立つ夏間近・・・の風さん」
 梅雨らしい空だ。どんよりしていて、いつ降りだすか分からない。
 数日前から、朝新聞を取りに玄関を出ると、セミの抜け殻が落ちているのを見るようになった。我が家の玄関周りの植え込みの土中にはセミの幼虫がたくさんいるらしい。今朝は、飛び立つセミを見た。けなげな生き物の姿には感動する。
 リハビリに出かけた。もう5ヶ月めに突入している。どうなっているのだ? PTに進展がないと打ち明けた。事前チェックで、少し良くなっていますよ、と言われた。励ましもPTのミッションだろう。確かに、前方から伸ばすやり方は、自宅でも鍛錬しているので、伸びる。しかし、後方への曲げが痛いのは変わらない。
 帰ろうとすると、雨になっていた。
 卵かけご飯で高速ランチを終え、やっちゃんに電話した後(今年の忠太郎供養に行くかの確認)、執筆再開。もう後がないぞ。
 午前零時を目標に、他の用事は何もせず、ひたすら執筆。
 最後の章を残して見直しが完了したので、シャワーを浴びた後、明日の非常勤講義の準備をやっと始めた。
 細部の勉強は行きの電車の中でやることにして、事務的というか定型業務(回覧用USBと配布資料の作成と印刷)に集中した。
 午前2時に就寝したが、ちょっとだけ読書もしたぞ。

7月14日(木)「第三稿を送付完了・・・の風さん」
 次女を送った後、執筆再開。正午までに第三稿を送る約束なので、もう休んでいる余裕もない。
 最終章を何とかリファインし終わったのが、午前11時半だった。
 メール添付で送信し(これでゲラになるだろう)、着替えて階下へ降りた。
 今日も速攻の卵かけご飯ランチ(笑)。
 キャメロンで出発した。昨日からうって変わって青空が広がっている。
 途中駅から電車そして地下鉄と乗り継いで、本山へ。車内で配布資料とテキストの読み直しができたので、今日は何とかこなせそうだ。
 JPでレターパックと切手を買ってからキャンパスへ行き、配布資料をコピーして、コーヒーを飲む時間もあった。しかし、頭はボーッとしている。
 ゆっくり講義していたら、予定していたところまで説明できなかった。来週はちょっと高密度になりそうだ。
 講師控室でひと息入れてから家路についた。
 いつも通りに午後6時過ぎに帰宅したが、ワイフは出かけていなかった。わたしと違ってほとんど家にいない人だ。
 夕食後は、久しぶりの雑用に取り組んだ。頭を使わなくていい、郵便物作りなど(明日になって発覚するが、頭を使わなかったので失敗していた)。
 それでも帰宅は午前1時をまわってしまった。

7月15日(金)「文庫のゲラの著者校正に着手・・・の風さん」
 次女を送った後、昨夜作った郵便物を投函し、帰宅してすぐ防草シートを突き破ってのびている雑草を摘んだ。
 イマイチ元気が出ないが、今日は真っ先にやるべきことがあった。国立歴史民俗博物館を見学した時に、やると決めたことが、多忙を言い訳にしてはいけないが、わたしの不手際もあって、トラブルが生じていた。
 現役の会社員だったときは、毎日のようにトラブルがあって、その解決のために、かなりの精力を使い、終わってからが自分だけの仕事だった。うまく行っても定時近くて、残業になったものだ。マネージャーになった後は、ほとんどがトラブル対応みたいなもので、自分だけの仕事は、休日に出て片付けるしかなかったものだ。
 そういったことを思い出しながら、今朝も早速解決策である電話をかけた。
 2度目のコールで、相手が出て、案ずるより産むがやすしのたとえ通り、当事者同士の話し合いで、決着した。
 その後、その結果を、あちこちへメールで報告した。
 珍しくワイフの時間が空いていたので、ランチに誘い、帰りにJPやJAに寄ろうと考えながら、手順を確認していて、ビックリ仰天。今朝投函した長男への封筒に、私の書類を入れ、長男の資料を残してしまったことに気が付いた。昨夜よく見ないで準備したのでこうなったのだ。もっともよく見るためにはシニアグラスが必要で、めんどうくさいから、勘で入れたのだった。慌てて長男へ送る書類を封筒に入れて、郵送の準備をした。
 外出先から帰宅したワイフをキャメロンに乗せて海岸通りを南下した。もう毎日のように繰り返しているのは、私のボケの話だ。今日はその話題に事欠かなかった。
 昨日と変わってまた空は雲が多い。海も灰色にうねっている。明るい気分にはなれない。
 しかし、ランチのパスタは実にうまかった。来てよかった。
 JPとJAで用事を済ませて帰宅した。
 しっかり仕事をするんだよ、とワイフにハッパをかけられて書斎にこもったが、疲れて昼寝してしまった。
 夕方から、10月出版予定の文庫の初校ゲラの著者校正に取り組んだ。短編集なので、毎日1本ずつやっていければ、非常に良いペースだ。
 ところが、これが終わったのが、午前1時半だった。

7月16日(土)「重点指向できなかった日・・・の風さん」
 以前にも書いたことがあるが、会社では重点指向を学び優先順位で行動した。これはもちろん私生活にも応用できることである。しかし、組織で行動し、自らの感情は抑制する会社の仕事と、プライベートな仕事はなかなか一致しない。人間的な弱さなのか、個性なのかはよく分からないけれど。
 今日も貴重な体力を使ってしまうことは承知の上で、雑務から手をつけてしまった。
 仮置きした物がだいぶたまってしまったからだった。仮置きは、ある意味、重点指向や優先順位の遺物でもある。
 昼食時にもまだ終わっていなかった。最近、気温が高いので、ラーメンを避けている。冷蔵庫内をチェックしたら、また冷やご飯があった。ところが、適当な具がないため、今日作ったのはチキンレスライスである。鶏肉と玉ねぎがあれば、チキンライスになった。しかし、どちらもなかったので、チキンレスライス(笑)。
 昼食後もしばらく雑務をやったが、まもなくエネルギー切れ。ベッドで横になったら、夕方まで寝てしまった。
 その後、我が家の書類(保険やら年金やら……)の整理を始めた。
 ワイフが帰宅し、夕食になったが、我が家の書類の中で、どうしても見つからない書類があった。
 夕食後、その書類を二階で発見した。
 その後、阿刀田高さんの『私の古事記物語』を読破した。面白かった。今年28冊目で、まだペースは落ちていない。
 しかし、結局、今日は重点指向ができなかったことになる。まあ、明日だ明日。

7月17日(日)「大発見・・・の風さん」
 朝、寝室の窓を開けると、飛び回るセミと沸き起こる蝉しぐれに夏の到来を感じる。しかし、まだ当地は梅雨明け宣言されていない。今朝も空はどんよりしていて、気温も低めだ。
 昨日でかなり雑務を処理できたので、今日は落ち着いて執筆……と思ったが、久しぶりの執筆の場合、いきなり原稿に取り組むのか資料の再チェックをするのか、少し迷う。今回の場合、新しい作品なので、執筆は久しぶりだ。そこで、資料の再チェックを選んだ。この作品のために本を4冊読んでいる。重要な箇所は付箋というかポストイットが貼ってあるので、そこだけ選んで精神を整えていくことになる。
 この作業は実は少し始めていた。当初、資料を読んだとき、場所の確認はあまりしていなかった。なので、ただ読むだけでなく、場所が不明確なものは江戸の地図の中で、しっかり特定することにしていた。
 資料の再チェックにはずいぶんと時間がかかった。中でも、場所の把握では、大きな発見をした。登場人物の住居はもとより、藩邸も時代によって変化していたのだ。そうして、夕方までかかって、重要な場面では、重要な登場人物がすべて近くに居を構えていたことが分かったのである。これは大発見だった。
 今日の最後の仕事は、また郵便物を作ることだった。
 シャワーを浴びた後は、スマホで電子書籍を少し読んだ。これはとても勉強になる本だ。

7月18日(月)「昨日の続き・・・の風さん」
 目が覚めてから、ストレッチをした。五十肩との勝負はまだ続いている。
 昨日発見した登場人物の住居を江戸の地図上にしっかり明示した資料を残そうと、朝から作業を開始した……ら、はまってしまった。夢中になったというよりドツボにはまったのかも。
 朝から夏らしい空になり、ようやく梅雨が明けたらしいという天気予報も流れた。
 昼寝することもなく、夕方まで夢中で資料作成をやってしまった。
 まだ日没ではない午後6時前、やっと多忙なワイフの用事が終わったので、毎月恒例の墓参に出かけた。供花は朝のうちにわたしが買っておいた。
 いちおう今後我が家の菩提寺となるのであろう心月斎(しんげつさい)へ向かった。会社の同期の友人が紹介してくれたお寺なので、もう20年以上付き合いになる。当時の住職は隠居して、悠々自適である。
 わたしたちの墓参はこういった遅い時刻が多いので、たいてい他の墓参とバッティングすることがない。だから墓地までクルマで行ける。てきぱきと作業をこなした。山の斜面に墓地が展開しているので、見晴らしがよく、名前を知らない鳥が鳴いていた。
 帰宅し、わたしはコーヒーを淹れながらやっとひと息入れた。
 夕食後は、先週送ってもらった『長谷川伸の戯曲世界』(ペリカン社)の3分の1を拝読した。熱い戯曲論だ。お礼の本の郵送準備をした。
 ここのところ、読書が深夜に及んでいる。就寝は午前2時半になってしまった。

7月19日(火)「あれやこれや・・・の風さん」
 今朝はワイフと次女の二人を最寄りの駅まで送るため早起きした。老体には過酷な(笑)睡眠不足となってしまったので、早々と書斎を撤収し、睡眠補給にかかった。
 窓は開いているものの、さすがに冷房の効いていない寝室では、なかなか熟睡態勢に入れなかった。
 が、体力の回復も目的にあるので、とにかく横になっているうちに、光陰矢の如しではないが、時間は過ぎ去っていった。再起床はなんと午後2時過ぎ。ちゃちゃっと卵かけご飯をかっこんで、今日の仕事に取り掛かった。
 寝ている間に、現在取り組みを開始した原稿のテーマに気が付いた。それをメモしながら、冒頭というか書き出しのところでまた足踏みが始まった。悪い意味ではない。テーマを踏まえた書き出しを考え始めたのだ。
 そのために必要な資料もチェック……。
 夕食後、10月に出る予定の文庫のゲラの校正をした。
 それからハガキを一つ書いて、今日の仕事を終了にした。
 明日は整形外科の外来を受診したあとリハビリになるので、昨日からストレッチの強度を増している。

7月20日(水)「やっと浮かんだ書き出し・・・の風さん」
 今日も夏本番といった陽気になりそうだ。猛暑が普通の愛知県に就職して、夏の暑さにはすっかり慣れた。だから、猛暑になったからといって、元気がなくなることはない。
 しかし、最近の2つの訃報は、ちょっと気が沈む。永六輔氏と大橋巨泉氏である。
 社会人になる前ののんきな時代は、テレビっ子だった。そのテレビを観なくなって早36年以上が経過した。多くの芸能人や著名人は、私の記憶の中では、当時のままなのである。
 両親を送った後、両親の同世代の人たちが、徐々にこの世を去っていくが、何となく、似た感覚があるのだ。
 次女を送ったついでに今朝も郵便物を投函し、帰宅して気まぐれ日記を書いたあと、かかりつけの病院へ向かった。今日はリハビリの前に医師の診察を受ける予定だが、今日は超混雑していた。
 10時前に診察券を出したのに、11時半になっても名前を呼ばれなかった。
 そこで、電気治療を先にやっておこうとリハビリ室へ行き、現代のエレキテル(効果は疑問)を受けているときにやっと名前を呼ばれた。
 診察を終わったのが12時少し前で、それからまたリハビリ室へ行き、PTの処置を受けた。12時5分に予約していたので、今日は綱渡りだった。
 帰りに買い物とJAに寄り、帰宅してすぐいつもの卵かけご飯で、猛スピードの昼食を終えた。
 リハビリをやった日はたいてい疲労が出るので、じきに諦めて昼寝。寝ながらできる腹筋のトレーニングをした。子どものころひ弱だった私が、いくらか強くなったのが、中学二年ではまった腹筋のトレーニングだった。ついでにうで相撲にもはまったが。すっかり体が弱った今のわたしには、うってつけのトレーニングだと思って、先週から取り組んでいる。効果が少しだが出て来た。なので、これは継続しなければならない。
 晩御飯をはさんで新作の書き出しのアイデアに頭を悩ませていたが、とうとうひらめいた。単純な導入部分かもしれないが、児童文学なので、やたらと凝った書き出しは不要のはずである。子どもの読者がハラハラしながら、主人公の人間性に触れられる場面のアイデアが浮かんだのだ。
 夜、明日の非常勤講義の準備をし、今日も閉店にした。

7月21日(木)「イベント集中・・・の風さん」
 次女を駅まで送った後、雑務と講義の準備の続きをして10時半に家を出た。夏だが、まだそれほど暑くない。駅までゆっくり歩いた。途中に子どもたちも通った保育園があって、水遊びをしていた。
 本山の駅近くの食堂で軽くランチをしてからキャンパスへ入ったら、もう来客が到着していた。
 キャンパスのビル内にあるドトールへ案内して、コーヒーを飲みながら1時間半、ざっくばらんな話をした。来客が考えるセミナー企画にわたしがフィットするかが今日の打ち合わせの目的だった。結論は出なかったが、今後のお付き合いは継続できそうだ。
 前期最後の講義にのぞんだ。準備したものすべてを使って説明した。来週のデンソー見学会にも参加してくれたら、生産管理に関する色々なことを疑似体験できたと言えるのではないか。
 講義後、コーヒーを飲みながら新聞を読んだりして、ちょっと時間を使い過ぎた。
 名駅から乗車する予定の電車に間に合わず、今夜の「とこなめ会」には5分遅れの到着になってしまった。
 毎回出席者が多いのは、常滑が元気だからだろう。今夜は特に市長がゲストだったので、関心が高かったのではないか。スピーチの後の交流もあっという間で、迎えに来てくれたワイフのアクアで帰宅した。
 朝からちょっと頑張り過ぎたので、早めに就寝した。

7月22日(金)「あれこれと多忙・・・の風さん」
 ほぼいつも通りの時刻に起床したら、家の中はもぬけの殻だった。また今日も一人で留守番かぁ(笑)。
 今日は薄曇りで、夏らしい日差しは期待できないらしい。
 午前中に宅配が2件(荷物は3個)も来た。我が家は宅配が多いので、やはり留守番は大事な仕事だ(なに納得してる(^_^;))。
 昨日で前期の講義を終えたし、しばらく講演やセミナーの仕事もないので、これからしばらく執筆に軸足を置いた生活ができる。とは言え、気になる雑務は少しでも減らしておこうと、午前中は、老体にムチ打って(おおげさな)こまごまとしたことを処理した。
 昼食は納豆かけご飯にして、キャメロンでちょっと出かけた。買い物と給油そして洗車である。午前中の雑務の延長みたいなもの。出かけている間だけ、お日様が照っていた。
 帰宅して少し横になって休み、目覚めてから、ゲラの著者校正の続きをやった。ボヤボヤしていると来週の打ち合わせに間に合わないことに気付いたからだ。
 出かけていたワイフからメールが入った。「ご飯炊いておいてね」だって。
 極上の炊き上がりになった。えっへん。
 夕食後も著者校正を続け、何とか終わったので、今日はこれで閉店にした。明日は早朝から区会の草取りだ。

7月23日(土)「絶好の草刈り日和・・・の風さん」
 早起きして区会の草取りに出動した。天気は薄曇りで気温も低め。絶好の草取り日和だ。
 私は自前のミニ鍬を持参し、団地の進入経路沿いの縁石周りに集中的にミニ鍬を打ち込んだ。しかし、こうすると、コンクリートの隙間から生えた草と一緒に、コンクリートも多少削ってしまう。
 そこへいつものエンジン式草刈り機がやってきて、手作業の10倍をこえるスピードで草を刈っていく。ところが、今日見た草刈り機は、エンジン式ながら、金属製の回転刃でなかった。初めて見る細長い樹脂を2本回転させながら草を刈るしくみだった。この間、ワイフから聞いていたのは、これだったのか。もっともワイフの話によると、電動タイプがあるらしく、さらに使い勝手がいいらしい。
 今年は我が家の草刈りは、手作業+シルバーさんだが、来年へ向けて、新たなオプションが登場した。
 運営側の方針だったのだろう、天気は依然として草刈り日和だったが、1時間で作業中止が宣言され、一般住民は帰宅を促された。あとは役員や組長が後片付けをするのだろう。ご苦労様。
 それほど汗もかかなかったので、自宅の裏側を少し刈ってから、家に入った。
 ゆっくり朝食を摂り、次は書斎へ出動した。
 昨夜に続いて、著者校正の続きに着手した。
 夕方昼寝した後、新作の執筆に取り組もうとしたが、今日も調べ物をしながら、構想の穴を埋めただけだった。

7月24日(日)「涼しい日曜日・・・の風さん」
 6時20分に目覚ましで起きて、ワイフを駅まで送った。名古屋からバスでタカラヅカ・ツアーとのこと。
 今日も涼しい1日になりそうだった。
 やっと気力が充実してきたので、杉田玄白の第1章にとりかかった。そう。児童文学の新作は杉田玄白が主人公なのである。参考文献はかなり読んだ。おとな向けではないので、緻密に反映することはないが、そういったデータをしっかり踏まえて書くのが歴史ものの基本である。ミステリも同様だ。もしかするとSFも。
 今日も昼食は卵かけご飯。
 午後になっても気温は上がらない。外にいれば涼しい。しかし、さすがに屋内作業なので(しかも二階)、午後3時くらいからは書斎の除湿をかけた。
 書斎の蛍光灯がだんだん不調になってきている。カバーをかけたままだと、発熱のせいか、インバータが不調になり、大きな蛍光管が消えてしまう。カバーを外しておくと、そういうことがなかったが、先週から、カバーなしでも、突然ぼーっと暗くなる。いよいよ寿命かもしれない。これは家計の中で購入したいので、ギリギリまで我慢するつもり。
 とうとう夕方になって、第1章が書き上がった。長編とはいえ、書き出しはきわめて重要である。
 今日は次女と留守番だったので、相談した結果、スーパーまで私が弁当を買いに行くことになった。
 観光地(この時期は海水浴)の日曜日にもかかわらず、今日は気温が30℃程度までしか上昇しなかったせいか、道路は空いていた。
 値引きされた寿司を2つ購入した。
 夜遅くワイフが帰宅したが、それまでに短編の著者校正が終わらなかった。今日の作品では、編集者から鋭い指摘が書いてあり、よく調べてみると、さらに考証上の問題があった。深刻な内容である。
 今夜はもうパワー切れと判断し、ワイフの土産の宝塚人形焼きを食べて閉店にした。

7月25日(月)「昨夜の課題は解決したが・・・の風さん」
 著者校正で引っかかった部分がかなり重たい。いつものように起床して1日が始まったが、気力体力不十分だと思ったので、書斎に出動してすぐ寝室へ移動した(笑)。
 今日も涼しい。
 約2時間の仮眠というか加眠を終えて元気はつらつ、校正というより書き直しに着手した。問題点は明らかになっていて、データもあるので、あとはどう書き直しかだけだった。
 やっと完成。やはり執筆は集中力が必要だ。そのためには気力と体力が、私の場合は絶対必要みたい。
 遅い昼食を摂り、昨日から始めた短編の校正を終了した。あと1本だけだ。それは明日のお楽しみ。
 新作の第二章に着手……しようとしたが、また障害が……(^_^;)。データ不足で書けないのだ。
 この調査がまた大変。書斎内でほとんどできるので、楽といえば楽。そうやって調べながら、気に入ったデータが手に入るかどうかだ。
 これが夕食前まで続いた。結局、明日へ持ち越し。
 夕食後就寝前は、10月初めの講演のレジュメの検討。これも実にやっかいなテーマだ。私のマルチを前提にした情報時代の講演だからだ。結局これも明日へ持ち越し。

7月26日(火)「ほんのわずかずつ・・・の風さん」
 いつものように起床。外は雨模様だが、私は比較的元気だ。そう。元気でないと困る。仕事がたまっているのだ。
 さっさと気まぐれ日記を更新してからリハビリに出かけた。1週間でほんのわずかしか前進していないが、とりあえずよしとしよう。今日のクリニックは非常に混んでいた。雨との関係は不明。
 PTとのわずかな交流を終え、来週の予約をして終了。
 続いて、ホームセンターへ行き、LEDランプを購入して帰宅した。帰宅し、リビングと2階の洗面所の明かりをLEDと交換した。まだ白熱灯もあるし、蛍光灯も多い。LED化もリハビリのようにわずかずつしか進まない。
 卵かけご飯とキムチで昼食を終え(毎日こればっかり)、短編の著者校正に着手。最後の1本を何とか完了させたが、これって昨年暮れに書いた書き下ろしだが、自分でも感動してしまう。何か想いがのりうつっているのだろうか。
 続いて、児童文学の新作の第一章のリファインをし、明後日の打ち合わせのために、これだけメール添付で送付した。初めて会う編集者には最低限の挨拶代わりになるだろう。いや、そうなってほしい。
 夕食後は、10月初めの講演の構想検討をしたが、ほとんど思考が進まなかった。明日、田村先生にご相談してみるしかない。とほほ。
 明朝早いので、日付変更線をこえる前に就寝。

7月27日(水)「会社見学から夜行バスへ・・・の風さん」
 早起きしてキャメロンで出かけた。今年もデンソー見学会を開催するのだが、学生にとっては試験期間そして午前のコースになってしまい、参加者が少ないことが心配される。
 結局、予定の10人に対し、6人となってしまった。初めて1人だけ。
 見学会終了後、田村先生と昼食を摂りながら、10月の講演内容についてアドバイスを頂戴した。
 悩みをたくさん聞いてもらえたので、少し光がさしてきた感じがする。
 帰宅したのは午後3時ころだった。
 疲れていたので昼寝したかったが、そんな余裕はなかった。
 目いっぱい仕事を片付け、晩ご飯もまるでいつものお昼ご飯にように簡単にすませ、9時過ぎの電車で出発した。
 また夜行バスで上京し、明日は出版社と3件の打ち合わせがあるのだ。
 その後の多忙さも考慮して、『数学文化』向け掌編小説の初校ゲラが届いたのだが、晩ご飯の後、急いで校正し、名古屋駅の近くのポストに投函した。
 ところが、投函した後、封筒にまだ入れなければならない物があったことを思い出した。
 さらに、バスステーションで、空気枕を忘れたことに気が付いた。幸いバスは空いていて隣席も使えたので、何とか首の痛みは避けられそうだった。

7月28日(木)「出版社と打ち合わせ3件・・・の風さん」
 隣席が空いていたので、何とか無事に(笑)新宿駅バスタに到着した。朝食用のパンを昨夜購入しておいたのは、前回の反省だが、まだまだ不十分だな。
 今日は3件の打ち合わせが予定されている。
 最初の打ち合わせまで当然時間があるので、前もって考えていた増上寺へ行った。干支のおきあがりこぼしを購入するのが目的だ。午前9時に札所が開くと同時に飛び込んだが、な……ない! 尋ねると、2月中旬に追加納品された分も4月中にすべて売れてしまったのだという。ガーン!
 仕方なく二十数年ぶりにめ組の喧嘩で名高い芝神明をお参りして、再び新宿へ戻った。
 小田急ハルクで10時から、今日最初の打ち合わせをした。イラストレーターも入れて、である。素晴らしい表紙と挿絵が入るぞ。おそらく11月ころに出版になるのではないだろうか。楽しみだ。
 編集者とランチした後、神楽坂へ向かった。ここでも、前もって予定していた矢来公園に行き、小原藩下屋敷跡、杉田玄白誕生の地といった石碑をしっかり取材した。しかし、蒸し暑いなあ。
 近くの喫茶店で時間調整をしてから、今日二つ目の打ち合わせ。これが1時間半かかった。こちらは別のイラストレータを想定した表紙のデザインの相談もあって、だんだん気分が盛り上がってきた。10月ころ出版になる。
 そこからまた移動して、今日3件目の打ち合わせに入った。これは最近私が本格的に執筆を開始したもので、とは言え、遅れているため、年内出版はほぼ無理な状況である。自分の責任だが、くやしい。しかし、これから加速すると宣言した。
 近所の面白いレイアウトの書店を見学した後、東京駅へ向かった。
 今日は暑くて、かなり疲労したらしく、体調がおかしかった。待合室でゆっくり過ごしてから、弁当とビールを購入してホームへ向かった。
 乗車してすぐビールを飲んだが、不思議なことに酔わない。相当に体から水分が抜けていたのだろう。
 帰宅は午後11時近かった。
 そこですぐ寝るわけにいかず、たまっていた雑用を猛烈なスピードで何件かこなしてから就寝した。

7月29日(金)「総合病院・・・の風さん」
 4週間ぶりの総合病院診察である。年内は続くだろう。仕方ない。行きに、同封忘れした原稿を編集者へ送る封筒を投函した。
 道路が異常なほど混んでいた。原因は不明である。日差しも強く、体力の消耗が気になる。
 病院での受付から診察、精算までは驚くほど早かった。ただし、薬をもらうのに時間がかかった。
 売店でコーヒーを飲んで休憩してから病院を出発した。
 往路の渋滞を避ける経路を選択し、最後、JAで通帳更新とキャッシュの引き出しをしてから帰宅した。
 冷蔵庫に冷やご飯があったので、また焼き飯を作ったが、出来は悪かった(笑)。
 まだ昨日の疲労も残っていて、今日はこの後、3通のメール発信と郵便物2件の準備くらいしかできなかった。
 明日も早朝から過密スケジュールである。

7月30日(土)「怪我の功名・・・の風さん」
 8時40分ごろ、ワイフとアクアで家を出発した。途中、郵便物をポストで投函した。アクアがガス欠寸前だったので、途中、セルフで千円だけ給油した。今日はアクアの1年点検なのである。
 予定より20分くらい遅くカリチューに到着。4年で4万キロ走行したタイヤも更新するので、代車を借りて、遊びに出かけた(もちろん予定通り)。
 こういう時ぐらいしかなかなか機会がない、映画鑑賞が目的の一つである。ショッピングや昼食後、まったく予定していなかった『シン・ゴジラ』を、夫婦50割で観た。歴史作家の目で見ると、時代考証がよくされていて(笑)、きわめてまじめな作品に仕上がっていた。子どもたちも前列の方に並んでいたが、面白くなかっただろう。終わってからシートを見ると、ポップコーンをぶちまけていた。
 想定外の異常事態に政府・行政機関は動きが悪く、単純な指示が出れば、訓練通りにきちっと行動できるのが自衛隊である。内政干渉に近い圧力が諸外国からあるのも自然なことだ。
 鑑賞後、赤ちゃんのハイハイ競争を眺めたり、ゲーセンで熱くなったりしたため、アクアの受け取りが遅くなってしまった。代金の支払いも早々にカリチューを出発した。次は、ディズニー・オン・アイスなのである。昨年に続いて2度目。
 予定していた途中駅からの電車が間に合わず、次の駅の駐車場にとめて……という作戦変更も、駐車場がいっぱいで断念し、アクアで会場である日本ガイシホールまで直行することにした。
 有料道路を突っ走って、一般道に入ったら段混雑で、と少々ハラハラしたが、パーキングも空いていて(結局、電車よりもトータルコストは低かった)かえって楽ちんだった。こういうのを怪我の功名という(^_^)。
 DVDで10回くらいは観て熟知している私にとっては、今回の「アナと雪の女王」は、作品作りの復習としての価値があった。
 帰りにファミレスで腹いっぱいの夕食を摂り、帰宅してから、さっさとシャワーを浴びて寝た。疲労をどれだけとって明日からに臨めるかが重要である。

7月31日(日)「読了の勢いでレジュメ着手・・・の風さん」
 意図的に二度寝したため、ベッドの中で昼近くなってしまった。
 それほど暑くもなかったので、読みかけの推理小説の文庫を一気に読み終えた。
 窓を開けて起床。正午を回っている。
 時刻的にはランチタイムだが、朝食と同じメニュー(トーストとホットミルク)で1日をスタートさせた。
 たっぷり寝たのに、まだ気合が入らない。
 書斎に入って、読みかけの電子書籍を、これも一気に読み終えた。これで、今年通算32冊目。なーんだ、ずいぶん作家らしくなってきたじゃないか(笑)。
 東北大学の大学院1年が、私の作家挑戦元年だった。目標は時代小説家だったので、特に江戸時代に関する本を読み始めた。その年、50冊以上の読了となったが、以後、それだけ読めた年がない。もしかすると、今年は、それを再現できるかもしれない。作家挑戦元年の再現。もう一度、気合を入れるのには、適当な目標ができた。
 10月の講演のレジュメ作成にようやく着手した。
 結局、手抜きながらも、学会での講演なので、予稿のようなレジュメを用意することにした。内容も、それなりに読みやすい構成にする。覚悟ができたので、取り掛かることができたわけだ。
 もちろん簡単に書き上げられるものではない。明日いっぱいかけて何とか完成させたい。

2016年8月はここ

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